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第2話夏の思い出

前回書いた通り、子どものころ、冬はひどく寒かった。暖房機器というか、器具が、炬燵と火鉢と湯たんぽくらいしかなかったのでしょうがない。それでは夏はどうだったというと、冬に比べると、ネガティブな記憶が少ない。本来、日本の家屋、住居は、兼好法師の『徒然草』に「住まいは夏を旨とすべし」とあるように、夏の暑さから逃れることを優先していたらしいが、そのせいもあるのかもしれない。幼いころ、父親が佐世保郊外に小さなアトリエを建て、そこには井戸があった。真夏、母と井戸端で水をかけ合いながら遊んだのをよく覚えている。井戸水は冷たくて、とても気持ちがよかった。

母と井戸端で
母と井戸端で

それにしても、夏は、わたしが幼児のころ、エアコンはもちろん、庶民の家庭では扇風機も一般的ではなかった。日本で最初に扇風機が製造・販売されたのは、一説によると1894年らしい。その後、しだいに普及していくわけだが、いつごろから家に扇風機が登場したか、はっきりしない。小学校の高学年か、中学校になると、座敷に、首振り型の扇風機があったような記憶がある。扇風機は、快適だったが、あまり存在感がなかった。それに、当然のことだが、風を受けるためには、扇風機が置かれた場所、風が来る場所にいなければならなかった。座敷に置かれた扇風機の風は、台所には届かなかった。

そして寝るときは、扇風機を止めると親から言われた。いわゆる「寝冷え」を防ぐためだ。睡眠時には体の熱産生が下がって、血流の分布も変わり、皮膚への血流が増加し、体全体として冷えやすくなるという。消化器系の血流も変化し、腹痛や下痢を起こしやすくなるということらしい。というわけで、扇風機は、子どもが寝入ったころに親に止められたが、暑くて眠れなかったという記憶はあまりない。当時の住居は、「住まいは夏を旨とすべし」ということで、室内が密閉されていなかった。冬はすきま風が吹いて寒かったが、夏にはどこかから風が入ってきて、心地よかった。

涼を求めるための「打ち水」は、現代のエアコンの原理、「ヒートポンプ現象」であり、「水は蒸発する際に空気中の熱を奪って冷却効果を発揮する」というものだ。だが、真夏の、しかも真昼には、打ち水をしても地表から熱風が漂うだけだった。子どもだったから、夏は、暑いという不快よりも、山や海で遊べる楽しさのほうが大きかった気がする。帽子さえ被っていれば、山に行って昆虫を捕まえることができたし、海に行って泳いだり潜ったりすれば、暑さなど簡単に忘れることができた。田舎だったし、昔のことなので、ヒートアイランド現象もなかった。

どういうわけか、高校生になると、暑さが気になりだした。受験などの影響で、海や山に行くことが減ったし、喫茶店や映画館など、涼しい場所に行く機会が増えたからだと思う。こっそりと入ったパチンコ屋も涼しかった。道路は舗装され、ビルも増えていたので、地方都市にもヒートアイランド現象が起こりつつあったのだろうか。ちなみに当時はエアコンとは呼ばず、クーラーと言っていた。ひょっとしたら機能が冷房だけという機器が多かったのかも知れない。

冷暖房の両方を実現するエアコンと出会ったのはどこだっただろう。上京して、東京という大都市に住むようになってからだと思う。ただし、当たり前だが、夏と冬が同時に訪れることはなく、冷暖房を同時に行うことはないので、エアコンという機器が、夏を涼しく、冬を暖かくするという実感は希薄だった。エアコンを意識したのは、やはり夏だ。コンクリートに囲まれた都会の、夏の不快な暑さと、映画館やジャズ・ロック喫茶、パチンコなどの遊技場が入っているビル内の涼しさだ。

わたしは、東京でも、故郷の佐世保と同じように、基地のある街に住み、大学にも行かず、とてもこのエッセイには書けないような、親不孝の極致とも言える、ひどい生活を2年続けた。そのあと、このままではとても生きていくことはできないと考えを改め、美術大学を受験し、奇跡的に合格した。ただし大学に入っても勉強とは無縁の生活を続けてしまったのだが、当時の大学の講義室にはエアコンはなかったように思う。高校のころもエアコンはなかった。小学校、中学校でも、夏は汗をダラダラ流しながら授業を受けた。

やがて、大学にもほとんど行かなくなり、これでは人生をサバイバルできないと気づき、あるときから小説のメモのようなものを書きはじめた。夏には、原稿用紙に汗が垂れたのをよく覚えている。そのメモのようなものが、いつしか『限りなく透明に近いブルー』という「小説」になり、賞を取って、ベストセラーになって、考えられないような大金が入ってきた。風呂、シャワー、水洗トイレがあるマンションに転居し、部屋にはエアコンがあった。だがもちろん、エアコンがどうやって涼しい空気を提供してくれるのか、考えたこともなかった。

作家になってホテルで仕事することも増えた。ホテルでも、原稿に汗が垂れることはなかったが、エアコンがどういう原理で、夏に、涼しさを実現できているのか、興味などなかった。そして、今、こうやって、子ども時代から、作家になるまでを回想し、エアロテックの先端的技術を何とか理解し、説明を試みようと、「室外・室内機」「冷媒管」「膨張弁」「圧縮機」などの言葉を少しずつ覚え、まずエアコンの原理を知ろうとしている。エアコンは、構成要素が限られていて単純と言えば単純なのだが、知識が増えれば増えるほど、わからないことが現れる。なかなかエアロテックの先端的技術に辿りつけない。次号では少し形にできるはずです。しばらくお待ちください。(続く。不定期に連載します)